ぐっちーの牧師室から

牧師ぐっちーの日々の気付きやメッセージを皆さんにお届けします。

パーソナリティ障害

「感情の支配」としてのパーソナリティ障害①

投稿日:2020-06-17 更新日:

感情が基準

パーソナリティ障害の方は感情を物差しに物事を判断する傾向があります。

周囲の状況や環境は何も変わっていないのに、ある瞬間に突然家族に対する感情が変化し怒りや不満をぶつけるようなことが起こります。怒りを向けられた方は突然の変化に戸惑い、何が起こっているのか理解できません。

自分の感情を基準にして世界を捉えるので、自分がハッピーであれば周囲の人や環境は自分にとって良いものとして映り、ちょっとしたことでストレスを抱えると一転周囲は無配慮で愛の無い存在に変わり、生活環境全体が悪いものに見えてしまいます。

快・不快

健康な大人の感覚ですと、例えば風邪を引いて体調が悪い中家族が世話をしてくれたらありがたいと思うでしょう。体調は依然として悪くても、優しく労わってくれる家族の存在はありがたいものです。

上記のような感覚は主観と客観が区別されているゆえの認識です。自分が不快な症状を抱えているというのは主観。その不快症状はあっても、他者が自分をいたわってくれていることを認識する、これは客観です。家族それぞれに自分の生活・責任がある中で、体調の悪い自分を思いやってくれる言動に対して、客観性をもって他者の愛情を受け止めるのです。

けれどもパーソナリティ障害を抱えた方は客観性が弱く、快・不快など主観的感情によって物事の見え方がガラリと変わってしまうのです。例えば奥さんの体調不良を思いやって旦那さんが仕事を休んで献身的に看病したとしても、それで自分の不快が改善しなければ「あなたは何もしてくれない」と不満や怒りを感じてしまいます。主観的な感情が物事を計る基準になってしまうのです。

幼児性

幼児性として受け止めると良く分かります。赤ちゃんはお腹が空けば泣き、オムツが汚れれば機嫌が悪くなります。親が献身的に世話をしていても、赤ちゃんは不快症状が起これば親の努力と関係なく機嫌を損ねるのでしょう。赤ちゃんは客観性を持っていないからです。

赤ちゃんはそういう存在だと認識しているので腹は立ちませんが、それでも常に自分の主観で感情表現する赤ちゃんの世話が時に負担になることはあります。ましてや、成人した大人が感情を基準にして行動するならば周囲の方がストレスを感じるのは当然です。

感情の障害を抱える苦しみ

一方でしかし、ご本人の立場で考えると客観性が働かず主観によって周囲の見え方が変化してしまうのは悪意ではありません。

自分の意思と関係なく、世界がそう見えてしまうのです。その見える世界に伴って行動して、しかし誰からも理解されない悲しみを抱えます。これは善悪の問題ではなく「パーソナリティ障害」という「障害」の問題です。

メンタルの問題は身体の障がいのように見えづらいものです。足が不自由であれば、そのことを周囲は理解し配慮してくれます。しかし感情の障がいは目で見て認識できるわけではないので、悪意やわがままのように錯覚しやすいのです。

例えば犬が苦手な人は、犬が自分を襲ってくるような恐怖心を覚えます。絶対にそういうことをしない犬であっても、苦手な人にはそう見えるでしょう。ですから、絶対に噛まない犬であったとしても、苦手な人に犬を撫でることを強制するようなことはしてはいけません。優しい犬である事実が客観性を持っていたとしても、犬が怖いと感じる人の主観は尊重されるべきです。

ただ、パーソナリティ障害の方の主観は犬の話しのように尊重していくと家庭が成立しない、社会生活が成り立たないような状況に陥ります。それゆえに改善を必要とするのですが、それは本人にとって非常に困難で厳しい道のりです。意図せず感情によって見えてしまう世界があるからです。

まとめ

もしこの障害を抱えた人の言動を「悪」と捉えるなら、問題の解決はほとんど不可能です。困難なことですが、「善悪」で感情的にとらえず障がいゆえのこととして客観的に受け止める努力が周囲には求められます。極めて難しい問題であるからこそ、パーソナリティ障害を改善させていくためには周囲の理解が不可欠なのです。

こうしてパーソナリティ障がいの情報を得ていくことは重要です。悩んでいるのは自分だけでは無いこと。このような言動をするのは自分のパートナーだけではないことを知ってください。

パーソナリティ障害を知り学ぶことが、感情のジェットコースターに巻き込まれずに適切に関わっていく第一歩になるのです。

-パーソナリティ障害


  1. 桑原奈緒美 より:

    こんにちは!
    先日はありがとうございました!

    主人に山口牧師様のブログにパーソナリティ障害の事が書いてあったよと言われて、初めて牧師様のブログを拝見致しました。実は、まさに、私自身が境界性人格障害でした。といっても、病院に行って診断されたわけではありません。今の主人とお付き合いが始まって、しばらくすると、私の中の抑えきれない憤怒が、主人にだけ、爆発してしまうのでした。自分ではどうしようもなくて、ささいな事がきっかけで、破壊的なパワーで怒りが沸き起こるのです。爆発した後は、罪悪感で何度も死ぬほど苦しみました。自分の中に鬼がいるようでした。藁にもすがる思いで、こんな風になってしまう人はいるのかとネットで調べると、まさに、自分は境界性人格障害であると確信しました。が、初めはそうだと分かると真底恐ろしくて、自分が、精神障害があるなんてと怖くて仕方がありませんでした。ただ、解決に向かう道筋が見えたようで、私はそれに関する本を何冊も読みました。

    自力で学んだ事は、初めの段階では、思考と感情は浮かんでは消える雲のようなもの。私そのものではない。感情は抑えずに、しっかり受け入れて、味わう事で(怒りなら怒りと認識しながら)やがて消えていく。泣きたい時は泣いていい。

    この段階は、苦しい感情や思考が次から次へと沸いてきますが、これは浄化なのだと思います。幼い頃からの思い込みや、そうさせた環境など、ひとつひとつ、向き合って、日記にする事で認識し、手放します。

    だんだん、読む本が、精神医学的なものから、意識や、宇宙、神に関するものへ発展してゆき、日々瞑想(時に祈り)しては、自分の本当の望みが、愛であったと分かりました。

    今まで、本当に欲しいものが愛だったのに、なぜか私はその純粋な愛をくれる主人に抵抗し、抵抗はますますの怒りとなって自分と主人を傷つけたのです。愛なんかに負けてたまるか!愛なんか、、!自分が一番欲しいものだったと、認めた時に、とめどなく涙があふれました。今まで、愛する人、そしてかけがえのない自分の心を大きな釘で傷つけていたのです。

    自分の本当の望みを知り、認めること。
    すべての感情を抵抗せずに友人のように受け入れること。そして、自分を縛る思いぐせ、思い込み、固定観念を見つけ、言葉に表し、手放すこと。ひたすらに。

    最近では、私の中にも外にも、神様がいる、ほんとうの私達は、思考でも感情でもなく、意識そのもの、エネルギーなんだと学びました。そして、感情も、それ自体に良いも悪いもなく、ただのエネルギーなんだと。そこにフォーカスしてエネルギーを増幅させてしまうか、ただ受け流すか、の選択をするのが、私です。

    つまり、思考と感情にどっぷり浸かって本当の自分を見失い、抵抗、拒絶、抑制の塊だった自分だったのが、変わらぬ愛情をもって私の浄化の過程を支えてくれた主人のおかげと、自力で沢山の本をむさぼるように読んで学んでいったのとで、思考と感情から、本当の私(意識、宇宙、神、叡知、いろいろな呼び方があるようですが、皆同じ)をちゃんと分離し、客観的に見れるようになりました。

    苦しかった経験、でも私の経験はきっと、現代においてはけっこうな数の人が同じように苦しんでいるのかと思い、どうしてもコメントをさせて頂きたかったのです。

    私の場合、一番愛する人の前でしか、この症状は出ませんでした。だからこそ、辛いのです。でも、そうなったのは、親や環境やかつての友達など、誰のせいでもありません。自分が悪いと言っているのでもなく、ただ、自分で思い込みや、思いぐせによって抑えこんだり、言い聞かせたりしてきたものが爆発してしまっただけなのです。本来の私達は、「愛」なのです。そこに戻るために、本来の自分ではないもの、つまり思考や感情を見つけ、認識し、手放していく。(恐れ、執着、嫌悪、心配、不安、、、など)

    すべての生きとしいけるものは、ひとつの意識(神様)から生まれました。意識(神様)につながっているだけで、安らぎます。

    大変な長文のコメントになってしまいました。でも、私の経験が少しでもお役に立つればと思い、恐縮ながら書かせて頂きました。

    今現在苦しんでいらっしゃる方や、そのご家族様が少しずつでも前進できますように。(もしお役に立ちそうであれば、山口牧師様、読んだ本の中でおすすめのリストを送ります、遠慮なく仰ってください)

comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

パーソナリティ障害(はじめに)

イントロダクション 相談をお受けすることの多いパーソナリティ障害に関するシリーズです。 元々神学生時代から依存症、特に「共依存」と呼ばれる日本人の関係性に現れやすい依存症の問題を学び始め、牧師になって …

子どもの感情を受け止める家庭の機能について

「気分循環症」「気分循環性障害」と呼ばれる感情の極度の不安定さに苦しむ方が増えています。要因の一つとして家庭の機能不全が指摘されます。 子どもにとって家庭は自らの感情を受け止め調節してくれる大切な機能 …