「気分循環症」「気分循環性障害」と呼ばれる感情の極度の不安定さに苦しむ方が増えています。要因の一つとして家庭の機能不全が指摘されます。
子どもにとって家庭は自らの感情を受け止め調節してくれる大切な機能を持っています。
生まれたての赤ちゃんは自分で感情をコントロールできません。親が赤ちゃんの感情を受け止めることで、徐々に安心を得ていくのです。「母子一体感」と呼ばれる親との心理的一体性のなかで、自分の感情を受け止めてくれる親の心と繋がることで安定を得ていきます。
これは幼児期に限ったことではありません。成長と共に親子の心理的距離感は離れていきますが、不安や困難・問題に直面した時に家庭が子どもの感情を受け止めることが、その後の心理的・感情的安定に大きな影響を与えるのです。
感情の激しいアップダウン
感情を支える力
子どもは自分の感情を自力で完全に管理・制御することはできません。スーパーマーケットで泣きじゃくる子がいますが、幼少期は多かれ少なかれ感情の管理が未熟なのでそのようなことが起こります。
友だち関係や学校での出来事など、保育園や学校に行きたくなくなることがあるでしょう。
そういう時に、家庭が子どもの不安や悲しみに繋がり下支えすることによって、子どもの内に徐々に様々な感情を抱える力が育っていきます。問題に対処する力とともに、簡単には感情が崩壊してしまわない心の土台のようなものが形成されていくのです。
感情の底のもろさ
気分循環症のような問題を抱えている方はこの感情の底が脆弱で、通常ある範囲内で感情の揺れ幅が収まるはずが、直ぐに感情の底が抜けて奈落に落っこちてしまいます。
うつ病も同じように感情の底が抜けてひどく落ち込みますが、気分循環症では奈落の底に落っこちて、しかしまたしばらくすると気分が回復します。けれども、またちょっとしたストレスがかかることで奈落の底に落っこちてしまうという激しいアップダウンを繰り返します。
正にスーパーで泣きじゃくっていた子どもさんが数分後には笑顔でお母さんとおしゃべりをしているような、そんな気分の激しい変動がうつ状態との違いです。感情の底の脆弱さ。家庭の機能不全によってこの場所が発達していないのです。
感情の受け止め機能
上手く機能しないケース
家庭が子どもの感情を受け止める機能を発揮できないケースとして以下のようなことが考えられます。
【子どもが不安や怒り、悲しみの感情を親に伝えた時の反応】⇒
- 否定する:「怖がるな、嫌がるな、悲しむな」と子どもの感情を否定・拒絶する。
- 無視する:「はいはい、今忙しいの」「そんなことより勉強しなさい」などと言って、子どもの痛みに関心を示さない。
- 誤魔化す:「あと何日で夏休みだから頑張ろう」「じゃ、好きなものを買ってあげるから元気出して」などと別の話しに摩り替えて誤魔化す
- 代わりに解決する:子どもの訴える問題を親がすべて解決して問題を解消してしまう
- 受け止める余裕が無い:子どもが親の様子を観察し「受け止めてもらえない・迷惑をかけてしまう」と解釈し我慢してしまう
機能不全の問題
上記のことで盲点になりやすいのが「c」と「d」です。
c.誤魔化す:子どもが苦しんでいる時に目先を変えることが必ずしも悪いことではありませんが、いつもこの手法を使っていると問題が生じます。
例えば子どもが学校のことで悩んでいる時に「あと何週間で夏休みだね。夏休みはどこに行こうか」と話しの目先を変えて子どもの落ち込んだ感情を変えようとするのは、実は子どものためではなく親自身が苦しんでいる子どもに向き合えないことで起こりがちです。
子どもが悩み苦しんでいる様子は親にとっても辛いもの。そこで、子どもの辛さと親である自分の辛さの区別がつかなくなり、親の苦しみを回避するためにご褒美などで子どもの辛い感情を回避しようとしてしまいます。一時的には子どもは苦しみを忘れることはできますがそれでは何の解決にもなりません。
そして、不安や辛さにさいなまれるたびに、それを忘れられる何がしかを求めるようになります。この逃避癖は依存症と繋がりあう心理で、やはり気分障害の一つの要因となります。
d.代わりに解決する:子どもの問題を親が代わりに解決してしまうのも同じです。子どものためではなく、苦しんでいる子どもを見ている親の苦しみを回避するために、大人の力で子どもの問題を解決してしまいます。
子どもは一時的には喜びますが、問題に向き合い不安を克服する力を身につけることができません。親が居ないと生きられない人間になってしまい、やはり親に対する依存が人間依存(共依存)に繋がっていきます。
感情の激しい起伏の問題を調べていくと、しばしば依存の問題と繋がり合っています。
自責による問題解決
上記のような事情で、家庭から感情を受け止める機能が得られない子どもは、不安や悲しみなどの感情をどのように処理していくのでしょうか。
代替方法として起こるのが自責です。不安や悲しみなどの感情の原因・責任を自分自身に向けて「わたしが悪いから」と整理するのが子どもにできるもっとも身近な感情の処理方法です。
大人も抵抗できないような暴力や理不尽に晒された時に、自分に責任が無いことでも「すみません」と謝ることでその場を回避しようとするでしょう。子どもは大人が思う以上に無力なので、「私が悪い」とする以外に問題を回避する術が中々見つかりません。
この「すみません」の処理方法が感情を受け止めてもらえない子どもの生き方として常態化していった時に、一見すると真面目で責任感があり、聞き分けが良く、皆が嫌がることも嫌な顔せずに引き受ける聞き分けの良い子どもになります。しかし、このような優等生的な生き方は社会に出ればあっという間に疲弊します。
仕事でも家庭でも、課題が生じるといつも「私が悪い」と自分の責任として背負い込むので疲れ果ててしまうのです。
気分循環症・気分循環性障害
感情の底の脆弱さと、自責感でなんでも背負い込み疲弊する生き方が組み合わさり、気分循環性障害と言われる激しい感情のアップダウンが生じると考えられます。
ひとたび感情の底が抜けてしまうと優等生タイプだった顔は豹変し、激しい怒りの表現や深い悲しみ、自傷行為などを起こします。そうやってたまったストレスを発散すると、また元の優等生タイプの顔に戻り頑張り始めます。しかし直ぐに自責感でストレスをため込んで底が抜けて…、ということを繰り返してしまいます。
このサイクルが繰り返されることでエネルギーを消耗し、また会社や家庭における関係性の亀裂が深まり日常生活が困難になる深刻な問題が生じてしまいます。
最近は、このような感情のコントロールの課題に対してかなり有効な手段が見つかってしますので、その辺もまた別の機会にブログにまとめます。
まとめ
子どもの感情を受け止める家庭の機能は極めて重要であり、昨今感情のコントロールが難しい方。治療の対象となる気分障害のような課題を抱えた方が明らかに増えていることから、家庭の機能不全に目を向ける必要があります。
苦しむ子どもの姿に接するのは親にとっても辛いことですが、子どもの苦しみを知りながら、否定せず、無視せず、誤魔化さず、代わりに解決してしまわず、一緒に苦しみながら必ずその問題を乗り越えられる子どもの力を信じ続け、支え続けることが感情を受け止める家庭の健全な機能です。
そのようにして子どもに接していくために、親自身が自分の不安や苦しみに健全に向き合う力を持っているかが問われます。
安定した感情を育むことは生涯の宝。目の前の様々な問題に目を奪われ過ぎず、子どもの課題を共に感じながら、共に苦しむことの中で子どもの心の重荷を下支えできていったら理想的です。なかなか上手くはいきませんが、こんなことをちょっと頭に置いておくとそれだけで子どもとの関係性を冷静に捉えられるかもしれません。
あなたのたった一度の人生が素晴らしいものでありますように。